最近は、場を読めない人のことをKY(空気が読めない)と呼ぶようになった。人の話に噛み合わない人や、その場の雰囲気と異なった話をする人がそうである。
恐らく、大部分の人は、自分は場を読める人だと思い込んでいるに違いない。自分は、人の話を良く聞いて、周囲に目を配っているから、KYなどと言われるはずがないと考えている人が多い。
場を読めない人よりも読めるほうのが良いに決まっている。でも、本当に場を読んでいるのか、実はそう簡単なものではないことがある。
その前に、場を読めないという人はどういう人だろうか。
二種類いる。
一つは、場を読まない人。もう一つは、場を読んだ結果、話がズレる人。
場を読まない人は、読む意思がないのだから、正確に言えば、場を読めないのではない。読めるのだが、読まないのである。
場を読んだ結果、周囲とは噛み合わない人にも、場を読んだ結果、自ら噛み合わせない人と、噛み合わせることができない人がいる。
何れにしても、この人達は、周囲の人からは、場を読めない人と映ることだろう。
では、場を読む必要がある時とは、どんな場面であろう。
例えば、同僚たちで何をひとつの話題で盛り上がっている時。あるいは、顧客の接待の時など、相手に話を合わせる必要がある時だ。
ポイントは、同調する、同感する、受け止める、受け入れるなど、相手に意向、全体の雰囲気を掴み取ることが要求されるときである。
ところが、これとは逆に、同調を求めない、同感しない、受け止めない、受け入れないという相手の意向は関係ない場面ではどうなるだろうか。
場を読めると自負するあなたなら、そのような場面に出くわしても、自分の考えと明らかに異なるのに、同調し、同感し、受け止め、受け入れるのだろうか。
私は、場を読めないという人とは、場を読まない人と、もう一つは、場を読んだ結果、話がズレる人の2種類いると言った。
場を読まない人も、読んだ結果ズレる人とでは、次元が違う。ところが、場を読めない人とは、結果からすればどちらも同じだから、大半の人は、話しがズレる人のことを指しているのではないだろうか。
ところが、世の中には、物凄く場を読める力があるのに、あえて場を読まないという人が存在する。場が読めない人は、人の話を聞かず、自己中心的で、傲慢で、あるいは感性が鈍く、協調性がない人と思われる。
では、このように場を読まないという人とはどんな人であろう。
それは、経営者や、政治家などのリーダーに多い。
そのような人と話をすると、はっきり言って、疲れる存在である。一方的で、こちらの話には興味も関心も示さない。
でも、この人は、繰り返しになるが、場を読めないのではなく、場を読まない人なのである。その違いを一般の人はとても理解しがたいことだと思う。
私は、政治家も含め、数多くの場を読まない人と出会った。そのような場面では、否応なしにこちらが場を読まされてしまうのだ。相手は、こちらがどう考えようと関係ない。それでも、良ければ話を聞けという姿勢である。
もし、私が彼らと対等に議論するとすれば、私が否応なしに場を読まされるのではなく、その場を打ち破って、こちらの話も聞かせる力がないと行けないのである。
強いリーダーほど、場は読まない。そのような人たちと一緒になった時、場を読んでいるようでは話にならないのである。彼らからは、ただ黙って話を聞くだけの魅力のない人と映るだろう。
私も含めて、彼らも、始めからそうであったのではない。彼らが、彼らたる存在になるためには、場を読んでおとなしくしていれば良いというものではない数多くの経験をしたからである。
私は、そんな我の強い人間になりたくないと考えるのなら、彼らのような強靭な精神力をもった人とタフな交渉はできないであろう。できないのだから、交渉には勝てず、競争にも勝てないということである。彼は、人から何を言われようが、一家を預かるリーダーとして、場を読まないで済む強いメッセージ力を放つようになったのである。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年8月19日 05:20
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