私は、このブログを通じて、リーダーとはどうあるべきかを問うている。究極の答えは、「リーダーとは、人を率いる人である」。
つまり、何十か、何百か、何千という人を率いるトップである。トップということは、たった一人しかいない。残りの何十か、何百か、何千という人は、リーダーではないのである。
だから、リーダーとリーダーでない人は、求められるものが違う。たった1に求められる姿と、nに求められるものは違って当然である。
私は、このブログで、リーダーについて書いている。同時に、私は、毎朝、社内の全社員向けに朝礼ブログを書いている。
私の考えを伝える先は、わが社の幹部であるリーダーと、そのリーダーの社員の二つある。
この二つは、当然、違うメッセージである。私は、このことを常に意識している。単純なところで言えば、文の表現を、である調と、ですます調とに意識して区別している。
社内の朝礼ブログは、一貫してですます調を貫いている。理由は、トップに立つものの謙虚さを示すからだ。
リーダーがリーダーシップを取りたかったら、部下に信頼されなければならない。部下に、厳しい言葉を言わなければならないから、優しい言葉をかけなければならない。部下には、謙虚さを示す必要があるのだ。
しかし、私の周囲にいる部下は、みなリーダーである。リーダーとリーダーでない人は、求められるものが違うから、混同すると間違いである。
例えば、リーダーたる経営者は、結果が全てである。経緯や経過は関係ない。出来なかった理由も、失敗した原因も関係ない。
ということを、私から聞いたリーダーが、自分と同じことを一般社員に求めるべきか。
私は、違うと思う。
成果主義と言われて久しい世の中だが、それでも、経営者に求められる成果と、社員に求められる成果は明らかに違う。
自分にリーダーとしての立場を求められているからと言って、同じことを求めていてはリーダーではない。全く同じことを求めるなら、誰にでもリーダーを譲るべきである。
こういう私も、このようにリーダー論を言いながら、自分に求められているものと、わがグループのリーダーに求められるものは違うと認識している。
私は、こんな身勝手なリーダー論を言う以上、これを読んでいるリーダー以上のリーダーシップが求められる覚悟がある。
これが難しい。
自分が学ぶことと、部下を指導することは、違うのだ。それは、コーチと選手のような関係に似ている。
コーチは、一流のコーチを目指して指導方法を学ぶ。一流選手が一流コーチではないのは、職種が違うからである。
それに対して、選手は、技術を磨く。だから、コーチが指導するのは、指導方法ではなく、力が発揮でき、能力が引き出せる技法を教えるのだ。
だから、コーチが学ぶことと、選手が学ぶことは違う。
プロの世界では、どちらも成果主義であるが、求められるものが違う。それを経営者は、混同してはならない。経営者は、経営者のプロとして、経営を学ぶのであって、社員に経営を指導することが仕事ではない。
部下の立場を理解する。これは、何十か、何百か、何千という人の上に立つ、たった一人のリーダーの責務である。立場が違うのだから。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年8月 3日 19:12
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