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教育について  「活・喝・勝」


教えることと考えさせること

数週間前、PTA主催の講演を聞いた。内容は、「家庭における指導」についてである。

内容については、割愛するが、簡単に言えば、指導とは「教えること」と「考えさせること」の違いを理解し子どもと接することというものである。

このブログでは、経営者とは指導者だと言ってきた。指導できない人は経営者ではない。そういう観点から、経営者における指導能力というのも「教えること」と「考えさせること」というのは当てはまる。

この二つの違いは、プロの教師でさえ、誤解している人が多いのだから、指導とは何かを学んでいない管理職や経営者は、もっと誤解するのではないだろうか。

講演で聞いた内容と私が以前から意識している内容はイコールだ。

指導者とは、指導することである。つまり、「教える」ということが原則なのである。教えない人は、指導者ではない。

職人と指導者を履き違え、背中を見て育てというような考えを持っている人がいる。しかし、それは指導をしているのではなく、学ぶ環境を与えているだけで、教えるという行為は一切していないのである。

考える力を身につけるためという理屈で、「教えること」を「考えさせる」ことと同意義に捕えている人もいる。

例えば、部下が資料を作成した時、何の理由を説明せず、「ダメ」と一言だけで突き返す上司がいる。

私の経験では、その上司もそのようにされた経験が間違いなくあるはずだ。そして、その上司は、なぜダメと言われたのかを自分なりに考え、何度も何度も資料を作成し直すことで、上司が何を言わんかを学んだと認識している。

しかし、これは指導ではない。

なぜなら、指導者というのは、方向性を宣言し、自分の指導方針や考え方を明確にする責任があるからである。何も言わずに、自分なりに考えろというのは、上司の行うものではなく、背中を見て育てという前述の職人のやることである。

確かに職人も、立派な後輩を育てることはできる。しかし、それは、背中を見て学ぶ技術のことであり、倫理観や人間性ではない。

会社における経営者の指導とは、技術を学ばさせることではない。経営理念や経営戦略、方針と浸透させ、組織が一丸になる意味を教えることである。そのためには、経営者は、リーダーとなり、目指すべき方向性を高らかに宣言しなければならないのである。

だから、経営者においては、背中を見て学べなどという言葉のない指導などあり得ないのである。

経営者とは、指導することである。教えられない人は、指導者でも経営者でもない。経営者の考えを何度も年度も繰り返し教えることである。自分の考えを教えるのだ。

そして、部下に何か問題や疑義が生じた時、自分の教えた内容に照らし合わせ、何が問題であったかを「考えさせる」のである。

部下に考えさせることは、教えた理念をどれほどまでに身につけているかという一点のみである。なぜ、教えのとおりできなかったのか、それは教えを理解していなかったからに他ならない。なぜ、理解できていなかったのかを考えさせ、理解できるまで考えさせる。

これが私流の「教えること」と「考えさせること」である。

振り返って、家庭での子育てはどうか。親の考えは教えているか。なぜ、親はそう考えるかを子供が理解するように考えさせているか。

教えもしない。考えさせもしない。それは親ではない。

教えられない親が、考えられない子供にしてしまう。教えて、考えさせるのが親の役目だと思う。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月24日 06:23




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