私は、経営者になってから、偶然や運といったものを数多く感じたり、経験するようになった。
先日、ある人から、経営者の最大の能力は、直観力だという話を聞いた。いわば第六勘である。勘所の良い経営者は、成功する。勘所の悪い経営者は、失敗する。
そもそも経営にこれが正しいという方程式はない。ある人は、信念こそが答えだと言う。私もその答えには否定しない。
しかし、信念だろうが、理屈だろうが、あたり続ければ勘という非科学的にものに勝るものはない。
昨日、岩手・宮城県で震度6強の大きな地震があった。私は、その前日の早朝、社内の朝礼ブログで、中国・四川大地震を例に危機管理の重要性について書いた。私は、そのブログを書く直前、大地震が起きた夢を見て飛び起きたのだった。
偶然といえば、偶然である。これは、直近の例だが、私はこのようなことを多く経験するようになってきた。
全く非科学的なことである。
偶然である。偶々と言われても仕方ない。
でも、直観力は、意識することによって磨かれていくように感じるのだ。
特に経営者という仕事をしていると、仕事における偶然というのはけっこう多く起こるものである。私にとって、偶然ではなくそれは必然であると考えるようになってきた。
起こりえるべきして起きる。
自分の願望や、想いやが強ければ強いほど、それに伴う行動が変わる、発想が変わる。すると、適切な時期に適切な場所で、適切な人と出会うことがある。
これはもはや偶然ではなく、必然である。
しかし、この直観力は、願望する力、想う量、考え抜いた行動などの成果であるのだ。これらの力、量が伴わなければ直感という勘は、ただの当てずっぽうな山勘でしか過ぎないのである。
私にとって、山勘と直感は違う。直感は、その人が持っている潜在的な能力であり、見抜く、見極める力なのである。
昨日の地震の様子をテレビで見たとき、私は鳥肌が立った。夢で見た川沿いの崖崩れのそれと全く同じような風景であったからである。ただ、この辺になると、偶然なのか、山勘なのか私には判らない。
私は、超能力者でもなければ、霊能者でもない。こんな内容を書くと、鼻から相手にされず笑われることであろう。しかし、現実に偶然が多く起こるのだから仕方ない。
私が、次第にこのような経験をするようになったのは、息子が誕生してからのような気がする。
何年間も不妊治療までしてやって生まれた長男が、重度の知的障害者であると知った時には、神様を恨むことさえあった。天国から地獄に落とされたような気がした。
しかし、神様から贈られた息子と接し、様々な出会いをしたことで、私は、"すべては自分のために起こる"のだと思えるようになっていった。
障害を持つ息子が誕生したのも、私のためだと思えるようになってきたのである。
そして、経営者になった。誰よりも負けないくらい考える時間を取るようにした。年がら年中、四六時中、様々な起き得ることを想定するように考えるようにした。
様々なことを想定していると、起こったことは全て想定範囲なのである。予想範囲だから驚きもしない。こうして、私の直観力は意識して磨いている。
もちろん、神様でもあるまいし、全てが思いのまま進むはずはない。
でも、私は、"すべては自分のために起こる"ことをありのまま受け入れて生きて行きたい。それが私の直感力を磨く方法であるから。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月15日 07:15
全ては自分のために起こる。起った。
そう思います。
どういう風に表現していいか判りませんが・・・・
あの第二次世界大戦も、あの原爆も自分が生まれる
ために起こったと考えるのはいけないことでしょうか?
あの戦争がなければ父は出兵することがなく
長崎のあの原爆がなければ父と母は出会うことがなかった
あの戦争は自分が生まれてくるためにあったと
考えるのはいけないことなのでしょうか?
考えがまとまりませんが、なにか御助言がありましたら
よろしくお願いします。
投稿者 うこん : 2008年6月23日 21:47
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