先日、二人の若者と出会った。二人は共に30代で友人同士である。一人は経営者になったばかりで、もう一人は、サラリーマンである。
サラリーマンのほうが「うちの上司は、欠点ばかりを指摘して、駄目だしばかりを行う。駄目だしをすることで、お前はまだまだと言わんばかりのようです」と言った。
私は「上司というのは、注意したり叱ったりすることができない上司が多くなっている中で、駄目だしをすることが必ずしも悪いとは思わない。でも、人材育成というのは、いつもいつも欠点ばかりを指摘するより、できるだけ長所を伸ばすほうが良いと思う。」と言った。
すると、もう一人の経営者のほうが「自分もそう思います。だから私は、自分の欠点は気にせず、良いところで勝負しようと思っているのです」と言った。
何か変である。
この会話で変な点は、二つある。
一つは、サラリーマンの考え方である。
どうやら、最近のサラリーマンは、注意をされるのが嫌なようだ。公然と「打たれ弱いから、褒めて育てて下さい」と言ってくる。
親にも叱られたことのないような人が増えているから、腫れ物に触るようで、部下を叱れない上司が増えているのかも知れない。
大体にして、人材育成を受ける側の部下が、人材育成の何たるも知らずして、上司の人材育成方針に云々言うことが間違っている。自分も同じ部下を持つ上司として、自分の人材育成論を言うのなら未だしも、結婚もせず子供のしつけもしたことない人間に、人材育成の論など聞きたくない。
このサラリーマンの親は、叱らず褒めてだけ育てたのだろうか。
そして、もう一つは、もう一人の経営者のほうである。
今度は、人材育成をする側の経営者が、人材育成と、自分とを混同している。
その経営者が「欠点は気にせず、良いところだけを見て経営しています」というは、結構だ。
しかし、この程度の経営者に、部下の指導などできるはずもない。なぜなら、指導などする気がないからである。放任主義の自分勝手と言えよう。
彼の「私は、自分の欠点は気にせず、良いところで勝負しようと思っているのです」という言葉は、自分が無知であることを全く認識していない。
この経営者は、人材育成と、自分の成長とを混同しているのだ。部下に言う言葉と、経営者である自分に言う言葉を一緒にしている。
自分の欠点を気にせずということは、多少の問題があっても反省しないと公言しているのである。
自分の長所は、放っておいても伸びる。人から伸ばせと言われなくいても、伸びるのだ。しかし、どんなに長所を伸ばしても、決して欠点は消えない。欠点は、矯正しようとしなければ、決して直らない。
どんなに周囲から注意されても、本人が自覚して直そうという気持ちが生まれなければ、決して直らないだろう。元々、仮に自覚して直そうと心底思ったとしても、そう簡単には矯正できないのだから、直そうという気がさらさらないのなら、直らないどころから悪化する一方に違いない。
私は、今の若者は何てことは言いたくない。彼らよりももっと若い人でも、しっかりした人もいれば、もっと年配者でももっと何も考えていない人もいるのだから。
私は、若い人が大好きである。ハチャメチャであり、パワーを感じ、勢いを感じるからである。しかし、彼らの言葉には、ハチャメチャも、パワーも勢いも感じられない。
私の大嫌いな、自分勝手と自分保身のようにしか見えない。
孔子は「お前に知るとはどういうことか教えようか。知っていることは知っているとし、知らないことは知らないとはっきり言えることである。これが本当に知るということだ」と言った。
若者は、知らないことだらけで、もっともっと色々なことを知ろうとするから若者なのだ。自分の欠点など気にしないというような考えでは、多くのことを知ることはできないだろう。
謙虚な気持ちがなかったら、誰も教えてくれやしないのだ。そんなことも知らないで。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月 5日 05:59
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