名刺交換が終わると、その若い営業マンは、息も切らずに一気に話を始めた。
「うちの社長は、こんな信念がありまして、今日は社長に代わって、それを聞いてほしくて参りました」
どうやら、最近はこのようなトークが流行っているようである。社員教育を商品化し、モチベーションを上げる研修を売り込んでくる。私は、このような営業トークを、先日上場したような会社も含めて何度も経験した。
そのような営業トークを洗脳営業術とい言うらしい。
その術は、言葉の通り洗脳させること。なぜ新興宗教家は、価値のない壺や水を売ることができるのかを例えに、洗脳させる方法を考える。
その特徴は、営業マンが洗脳されているから、客を洗脳させることができるという新興宗教のそれと同じである。さらに、洗脳される人とされない人との違いを熟知していることだ。
自分が洗脳されているという自覚があるから、自分がなぜ洗脳されたのか、どのようにして洗脳されたのかを説明しようとする。
ひとつのパターンが冒頭の例だ。「うちの社長は、こんな信念がありまして、今日は社長に代わって、それを聞いてほしくて参りました」と、社長である宗教家の思想を一方的に一気に話す。
そして、こちらが口を挟もうとすると、信じられない言葉が飛び込んでくる。
「御社では、うちの社長のように、確固たる信念に基いて、何か具体的な行動をされていますか」と、こちらがを落とそうとする。
これが最大のパターンだ。宗教の勧誘のように、弱い点を見つけ、そこを突くことで、徹底的に落とし込もうとする。大半の時間を、自社の賛美と、こちら側の批判で終始する。商品説明は、最後の最後までしない。
洗脳された人は、同じ仲間を求めようとする。それは構わないが、関わりを持ちたくない人を不快にすることはしてほしくない。迷惑である。
信念とは何か。
信念とは、ある目的に対する拘りの意識である。自分や会社がその目的に向かうにあたって、道を外さないようにするための戒めでもある。魂を売らないようにするために、自らに課す拘りだ。
どんなに素晴らしい信念でも、それはその人やその会社のものであって、それを押し付けることは、もはや信念ではない。洗脳行為である。
拘りとは何か。
はっきり言って迷惑なものである。拘りが強い人は、付き合い難い。
拘りは、他人に押し付けるものでも、見せるものでもない。
拘りを持たない人は、つまらない。芯がない人だ。拘りはないより、あったほうが良い。だがしかし、拘りは、他人にとって迷惑なものなのである。
私もこのブログでは。、いくつかの拘りがある。他人からとやかく言われる筋合いはないと思っている。書き方がおかしいだの、この考えは間違っているだの、私には全く関係ないことだ。議論するつもりも毛頭なく、その人に私の考えを理解してもらうために書いている訳でもなく、その人のために誤解をとく必要もなければ、納得してもらうために説得する必要もない。
ただただ、一方的でわがままに書いているのみである。
だからと言って、私は、このブログを読む人に何ら迷惑をかけているつもりはない。不愉快に感じたとしたら、もう二度と読まなければ良いだけだ。
私の拘りに理解を求めるのでもなく、押し付けるものでもない。そして、私も他人の拘りを聞きたいとも思わないし、押し付けられたくもない。だからと言って、拘りの違いと喧嘩する必要もなければ、嫌いになる必要もない。
拘りとは、個性でもあるのだから。性格のようなその程度の小さな拘りで、一喜一憂する必要などない。小さな拘りなど、いつでも捨てる覚悟もなければならないし、くだらん迷惑なものとも認識しなければならないだろう。
小さな拘りを口にして、個性を表現するその程度の人間は、大きな拘りがない証拠である。信念と拘りと混同し、他人に危害さえ与える馬鹿げた小さな拘りなど、捨ててしまえば良い。それができないのなら、口にするな。相手に求めるな、迷惑をかけるなということ。
大きな拘りとは、生き方だ。生きざまではないか。
大きな拘りを持った経営者であるならば、自分の社員が、顧客先でどんな言葉を発し、顧客がどう感じるかを自分の胸に聞くはずであろう。私には、小さな拘りを十個集めて大きな拘りと思っているようにしか感じられない。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月 9日 06:02
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