数ヶ月前、相撲部屋の女将さんと話をする機会があった。
相撲の世界では、"上がれるときに上がれ"という言葉があるそうでだ。相撲で言う上がれとは、番付を上げろという意味である。
相撲取りでは、誰でも、番付が上がりたいと考えるが普通である。下がっても良いなどと考える人などいない。それなのに、なぜ" 上がるときに上がれ"というのだろうか。
それは、上がっている時には、上がること以外は考えるなということだそうである。上がりたくても、上がれないのが常だのだから、上がれる時こそ、もっと上がろうという気持ちが大切だと言うのだ。
誰もが上がりたいと考えている世界なのに、もっと上に、もっと上にという気持ちを持ち続ける人は意外に多くない。
どこかで安住してしまう。一瞬でもこの辺で良いと思ったら、もう二度とそれ以上に上がることができない。一瞬でもこれ以上上がるのは無理かなと思ったら、それ以上に上がるのは無理だ。
上がった時こそほど、もっと上を目指したいと思えるかどうか、言うのは簡単だが、実に難しいことである。
無我夢中で、一生懸命に頑張って、やっとの思いで上がったのに、これ以上どうしたら良いのかと思ってしまう。頑張ることに限界を感じ、妥協してしまう。
女将さんは、こんなことも教えてくれた。
「最高峰である横綱を目指している人は、本当に少ない」
夢でも理想でも、希望でも、最初から横綱は無理だと思っているのだから、結果として無理だと言うのだ。もっと言えば、十両・幕内を目指している人は、その程度の目標では、とても十両にはなれないということである。
目指すものが低ければ、"上がるときに上がれ"という気持ちも低いのである。
上がる気持ちがどれだけ高いか、その気持ちが高ければ高いほど、今の番付には満足しないはず。
このことは、経営者にも言える。
怖いのか、無理していると感じるのか、限界なのか、リスクヘッジするのか。なぜ、上を目指そうという気持ちがが低いのか。上昇志向が低ければ、上昇できるはずがない。
上がるときに上がれるだけ上がれば良い。上がりたくても、上がれなくなる前に、上がる気持ちを持ち続けることは、経営マインドが強くなければ中々できるものではない。
上を目指する気持ちはあっても、"限界"かもという二文字が頭をよぎってしまう人がいる。
かつて、横綱千代の富士は、「体力の限界、気力も尽きた」と言って引退した。このことについて、彼は後に、「体はまだまだやれたかも知れないが、気持ちが限界だった」と振り返っている。
気持ちが限界と感じた瞬間、体の力が入らなくなったのだ。
それは、自分が自分の力の限界を知る瞬間である。また、あるいは、自分の力に満足してしまった瞬間であろう。頂点という峠を感じてしまったら、後は下るしかない。
頂点にたどり着けば、下るのは当然である。
当然のことを知り、当然のことを向かえた場合のことを想定しておくことは重要なことではないか。
当然のことは、必然的に起こるのである。起こることに怯えていても仕方あるまい。力士であれならば、峠を向かえたら、引退を考えるのは当然のことである。
経営者もしかりだ。限界を感じている経営者が、そこに居座ることは、経営者の老い心と共に、企業を道連れにする。真剣に会社を愛しているのなら、醜い相撲を見せ続けるよりも、いち早く後継者に道を譲るべきだろう。
私も、"限界"二文字と葛藤している。"限界"という二文字が頭に入らないように、走り続けることで、"挑戦"の二文字に置き換えようと自己暗示しているのだ。
だが、私には幸いに、今の場所に安住する気持ちがない。地位や立場に居座る気持ちも未練もなく、むしろ引退の時期を模索しているといっても過言ではない。私は、その当然起き得ることを必然的なことと受け止めているから、怯えもしない。
だからこそ、"挑戦"できる今の気持ちを大切にしているのだ。私には、まだまだ気力がある。それがなくなったら終わりであることを熟知しているから。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月 2日 03:32
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