第一回文化勲章を受章した明治・大正の小説家幸田露伴の著に『努力論』というものがある。
その中に、惜福(せきふく)・分福(ぶんぷく)・植福(しょくふく)という三福という考え方が書いてある。
私は、この三福という考え方を経営においても当てはまるものだと思い続けてきた。
私の解釈する三福は、経営者におけるお金の使い方を表しているのに他ならない。つまり、福とは、お金のことを指す。原文の意味とは少し異なるかも知れないが、私は、三福を次のように経営に活かしている。
惜福とは、福を惜しむことである。お金を惜しむことである。
お金を惜しむ心がなければ、経営者として失格だ。どんなに小さな利益でもどんなに小さな売上でも、頂いたお金をありがたいと思わなければならない。
私は、このありがたいという心が惜福だと考えている。ありがたいという気持ちがあれば、得たお金をどのようにして生き金として使うか考えるはずである。
IPOを目指す若い経営者の中には、IPOすることを”目標”にしている人がいる。つまり、IPOをゴールとして考えているのである。だから、そのような経営者が、見たこともないような大金を目にすると、高級車を買ったり、自宅を買ったり、銀座に飲みに行ったりするのである。
IPOはゴールではなく、スタートである。お金を集める手段であって、どのようにお金を使うのかのビジョンがなければ、たちまちお金はなくなってしまう。これは、お金を惜しむ、集まったお金にありがとうという感謝の気持ちが欠けている証拠である。
お金を惜しむ気持ちがあれば、無駄使いはできないはずなのだ。お金を惜しむことができないのは、半分以上が生まれ育ち、親のしつけ、家庭環境に依存すると考える。もし、そうでないとするなら、余程心していなければ、惜しむ心など、お金を目の前にした瞬間吹っ飛んでしまうだろ。
分福とは、福を分けることである。お金を分けることだ。私は、これこそがWin-Winの関係だと定義している。
自社だけが利益を取るのではなく、利益を折半できる心が重要なのである。もちろん、それは会社間だけでなく、社員への分配も当てはまるだろう。一人締めはダメだ。
植福とは、福を植えることである。お金の苗を植えるということだ。植福こそが、私のお金への考え方、生き方である。
私は、ドリームクラスターを作って、特にこの植福に拘っている。ドリームクラスターという会社そのものが、植福をする会社と言っても過言ではない。
それは、得た利益の大半を、子会社の設立という再投資に回すからだ。もちろん、私自身が得た報酬の多くも新会社の資本になっている。
ドリームクラスターという会社は、会社を作る会社だから、まさに植福を行う会社だと自負している。
しかし、植福に拘っているのは、これだけではない。私は、常に幹部に「借りは作るな、貸しを作れ」と言っている。
私が考える”貸し”とは、失う可能性があるものである。植福というのは、苗を植えることが重要で、貯金のように担保されて保障されているものではない。投資である。しかも、私が言う”貸し”とは、単にお金を指すのではなく、”人付き合い”のことである。
私は、これまでこの三福について、自分なりに実践してきたつもりである。
経営者のみならず、お金の使い方は、その人の生き方を表す。お金の使い方を見れば、その人のお金に対する考え方のみならず、人格さえも見えるようである。
私は、幹部に「社長になっても生活レベルをあげるな」と言っている。それは、一旦上がった生活レベルは下げることができないからだ。
その分、日々の生活以外で、お金を生き金として使えば良い。
お金の使い方は、その人の生き方を表す。今一度、三福について肝に銘じよう。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年5月26日 06:24
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