”苦労はさせるが不幸にはしない”について、これまでもこのブログで過去に2度も書いてきた。これが3度目である。
苦労はさせるが不幸にはしない。
今回は、苦労をさせることを考えてみたい。
経営者の中で、社員に苦労をさせることを考えている人がどれだけいるだろうか。表面だけかどうかは別にして、どんな経営者でも社員を不幸にさせないと考えるのは自然である。
社員を不幸にさせたいと思っている経営者などいやしない。
私は、絶対に不幸にさせない。それは、例え私のもとを離れたとしても、同じ屋根の下で暮らした仲間を不幸にさせたくない。
だが、幸福かどうかは判らない。不幸にさせないというのと、幸福にするというのはイコールではない。正直言って、私には、とても幸福にするなどと言える力は持ち合わせていない。だから、せめて不幸にはさせたくないのである。
では、経営者は、本気で、不幸にさせたくないと心底から思っているだろうか。口先だけか、それとも恋人へのプロポーズのように幸せにするという形を見せているだけか。
本気で、不幸にしないようにするには、どうしたら良いか。
私の答えは、苦労をさせることである。
親なら、誰でも子供の幸せを考えるだろう。つまり、不幸にさせないことより、幸せにさせることのほうが上回っているのである。心情的には間違っていない。だが、幸せというものを追求すると、楽して何の不安も不満もない極楽な贅沢を志向してしまう。
つまり、幸せを求めると、楽をさせたり、不安や不満を持たせなかったりすることに通ずるである。その結果は、過保護による、わがまま、堕落、引きこもりなど、厳しさからの逃避行動となる可能性が秘めているのではないか。
芸能人の息子が、覚せい剤で逮捕される。何度も繰り返す。親が、子供を不幸にしてしまった典型である。
幸せが不幸を生んだのだ。それは、幸せを求め過ぎてしまったからではないだろうか、私はそう考える。
だから、幸せよりも、不幸にさせないようなことを考える。そのためには、幸せとは真逆の、楽でなく、不安もあり、不満もあり、我慢もしなければならない贅沢でない姿である。
それこそが、苦労ではないか。
ではどうしたら、苦労させられるか。
私のひとつの方法は、私ができないことをやってもらうということである。私の周囲にいる人は、皆、苦労している。私がやっていないことを、やらされるからである。
しかも、何もないところからスタートさせられる。もっと酷いのは、マイナスのところから、プラスに転じるよう任される。
私から指示された仕事は、常に不安と不満が付きまとう。人もいない、金もない、何もない。助けてくれない、手伝ってくれない。これが、苦労だ。
私は、願う。きっと乗り越えられると。
私も不安になる。苦労させた人の顔を思い浮かべて、不安になる。乗り切ってほしいと。倒れないでほしいと。
実は、苦労をさせると、させた私も苦労する。常に失敗することを背負っている感じだ。押しつぶされそうなくらい、苦労をさせるというのは、気分が良いものではない。
それを知ってかどうかは判らないが、社員に苦労をさせられる経営者がどれだけいるか。
自分ができることしかさせない。失敗してもリカバリーできる範囲でさせる。それは、自分が、失敗することを背負いたくないからに他ならない。自分が、苦労したくないのだから、他人に苦労などさせられるはずもない。
苦労はさせるが不幸にはしない。
言うは易し、行なうは難し。
苦労はさせるが不幸にはしない。それには、トップである私が一番苦労しなくてはならないのである。そして、私自身は、不幸になる覚悟も持っている。
不幸にさせないなら、自分が不幸になる犠牲を考えるのは当然のことである。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年4月13日 11:29
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