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経営者について  「活・喝・勝」


森を見て木を見ず

経営者が、木を見て森を見ないのは愚かである。私は、過去のブログ『木を見て森を見ず』の中で、『中小企業の場合、営業会社であれば最も営業成績が優秀だった人が社長となるケースが多い。技術会社であれば、最も技術力のある人が社長になるケースが多い。経営とは無縁の木を見て森を見ない感覚で事業を営んでいる経営者が多い』と書いた。

木を見て森を見ないと言うのは、ヒト・カネ・モノという経営全般で判断できないということである。あるいは、品質、コスト、納期といった生産管理の三原則のバランスを取ることができないということでもある。

経営者の仕事は、森を見て経営判断することである。判断し決断することだ。だから、木を見て森を見ないのは愚かなことなのである。森を見る力がないことは、経営者として適切な判断ができず、素早い決断ができないということである。経営者の唯一の仕事である決断ができなければ、経営者ではない。だから、愚かなのである。

森を見るためには、たった一つだけ方法がある。

木を見ることである。

木を見て森を見ないと言うのは、木という細部を見ても、全体としての森を見れないと言うことである。しかし、それは、同時にかつ、多くの木を見れるようにすることにより、結果として少し距離を置いて整理すれば、森を眺める程度にはなれるであろう。

だが、森を見て木を見ないということは、その森の本質を理解することができない。丸い形をした森と四角の森を比較することはできても、森を形成している中身である木の特徴が把握できないのだ。

だから、森を見て木を見ないことは、木を見て森を見ないこと以上に愚かなことだ。

木を見て森を見れないことが経営者として失格だとすれば、森を見て木を見れないことは、経営者以前の管理者として失格だということである。

つまり、最低限の木を見るという行為は、管理者としての資質を表し、その資質のさらに上にあるのが、管理者たちを指揮する最高責任者としての経営者なのである。

木を見れない人がいる。管理者として失格な人だ。

管理者とは、何か。日々の業務が円滑に行えるようにコントロールする人である。円滑にするには、日々の業務を最も理解している必要がある。どの作業者が何を行っていて、何がいつまでに、どのようにすれば良いかを考える仕事である。そのためには、各作業者の細部を理解していないと行けない。

簡単に言えば、誰よりも細かい点に注意をはらうことである。誰よりも。細かすぎるくらい。

木を見れない人は、細かいことができないということだ。木を見るということは、細かいことに口を出すことである。細かすぎるくらいに。

それを出来た人が、森を見るステージにあがる。

しかし、中小企業の場合、木を見ないで森を見れば良いということはあり得ない。経営者と管理者は限りなく一体に近い。つまり、中小企業の経営者は、木を見て森を見るのが重要なのである。

組織が崩れたり、業務が潤滑に機能しないと嘆く、小さな組織の経営者がいる。木を見れず森を見れないことを認識すべきだ。

私は、細かいことにできるだけ口を出さないようにしている。

しかし、細かいことを見ないようにしているのではない。グループの中で最も、細かすぎるくらい細部まで知ろうとしていると自負している。

立場上、細かいことに口を出さないようにしているが、小さな組織の経営者である私が、それではダメだと思うようになった。私に負けないくらい細かいところに気がつくような幹部を育成することが急務である。小さな組織なのだから。

木も見て森を見る。これが中小企業経営者の責務である。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2008年2月28日 06:38




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