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企業経営について  「活・喝・勝」


罪と罰と苦と欲

人間は欲の塊である。仏教では、心身を乱し悩ます心の働きを煩悩と言う。

釈迦は、苦の原因こそが、欲だと唱えた。

苦とは何だろうか。それは思い通りにならなかったことである。つまり、欲が満たされない時が苦であり、欲を無くせば苦が無くなると考えられている。

私は、熱心な仏教徒ではないから、欲を無くすなどということは出来ない。

しかし、釈迦の言う苦の原因が欲だというのは、うなずける。

経営をしていると、苦ばかりを感じる。良いことより悪いことのほうが遥かに多いと思うのは私だけだろうか。それは言い換えれば、欲が思い通りにならないから苦に思うのであろう。

その意味で、私は欲の塊なのであろう。

もっとこうなってほしい、こうあるべきだ、もっともっとこうしたいと様々な欲がある。でも、相手が人間だから、思うとおりには行かない。向上したい欲求と、向上できない現実、日々が葛藤である。

その中でも、私が最も苦に感じることは、罰を与える時である。

私は、会社の規則の中に、罰則を設けるのは好きでない。しかし、ほんのわずかな人のために、罰を与えなければならなくなってしまう。罰則を設けるのは、こうしてはいけないという戒めを明示することである。

これまで、何ら問題がなかったのに、罰則を設けたことで、社内の反発が起きる。これまでは許されていたことが、認められなくなる。

ベトナムではバイクに乗るときに、ほとんどの人がヘルメットをしていなかった。それが、ほんの1ヶ月ほど前から、一斉にヘルメットをかぶるようになった。法律とは、不思議なもので、ヘルメット着用を義務付けるだけでは誰も守らない。決められたことを守らなかった場合の罰則が必ずあるのが法律なのである。

罰則がなければ、効果がないということである。

ヘルメットをするのが嫌いなベトナム人でも、罰則があれば仕方なく従う。でも、本来、ヘルメットの着用は、誰のためであろうか。ケガをしたくないと思ったら、自分を守るために自主的に着用するはずだが、実際にはそうならない。

日本では当たり前のシートベルト。今や、日本では助士席に乗る人も自然にシートベルトを締める。私は、ベトナムのタクシーに乗った時、運転手がしていなくても、自然に締めてしまう。

それは、運転が怖いのと、当たり前のことと習慣になっているからである。例えベトナムにはシートベルト着用違反の法律が無くても、日本人なら多くの人がするだろう。

元々、事故を起こした一部のための問題であるのに、法律で全員に義務付けられると誰もが違和感を感じる。数ヶ月、数年経ては当たり前に感じるのに。

社内でも同じである。何かが起きれば、経営者は再発防止の対策を取ろうとする。決まりを作るというのは、当然罰則もつく。しかし、今まで許されていたのだから、誰もがその罰則には反発する。

この光景は、少し遠めに眺めてみると、人間の欲と欲のぶつかり合いのように写る。誰もがその罰則は関係ないと思えば反発は起きない。反発が起きるのは、違反を犯す可能性を感じるからである。その可能性は、欲に起因している。

休みたい、楽したい、拘束されたくない、給与を減らされたくない、それらは全て欲である。そして、経営者にも欲がある。もう二度と同じことを起こさせないと、厳しい罰則を設ける。罰則が軽ければ、再発防止策にはならない。この欲のぶつかり合いが、お互いに苦を生むのである。

そして、破ったものを呼びつけて、最も重い罪である解雇を言い渡す時、その社員は最大の苦を感じることだろう。しかし、同時に、経営者も苦を感じる。それは、そうなってほしくないと再発防止のための罰則が破られたからである。経営者が、そうなってほしくないという欲が思い通りに行かなかったから、苦に感じるのだ。

経営者は、苦を引き受けるためにいるのかも知れない。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2008年2月 6日 06:57




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