人間には、欲がある。人間の行動は、欲に基づいている。
意欲という言葉がある。積極的に行動しようとする意思である。
人間が意欲的になるのは、その先の欲求が達成される喜びがイメージできるからである。
例えば、受験勉強。どうしても合格したいという強い欲求がある人は、自発的に学習し、合格した後のことを常に考えている。これが意欲である。
私は、社内で一番最初に出勤する。すると、週に何日かは、必ず徹夜をしている人や、応接室で仮眠を取っているものがいる。
その一人に、昨年入社した若い女性社員がいる。彼女は、資格を取得するために、週に何度も会社に泊まりこんで勉強している。
私が、彼女に言えるのは、「体を壊さないように、頑張って」のみである。何とか、合格してほしいと願うばかりだ。
企業の成長と、社員の労働意欲は比例している。企業が成長しているから社員が意欲的になるのではなく、社員が意欲的だから、会社は成長する。
会社が成長すれば、労働の対価である報酬を上げることができる。
私はこれまで何百人もの社員と接してきた。その中の約1割の社員が、「給与を上げてほしい」と申し出て来た。誰でも給与を上げてほしいと思っているのは同じはずだ。しかし、なぜ、その中の一割なのか。
あるものは、生活が苦しいと言う。あるものは、成果が正しく評価されていないと言う。また、あるものは、他のものと比較する。
概して、私が接したその一割のものは、意欲的に仕事をしていると思えない。簡単に言えば、給与を上がられないと考えているものである。だから、給与が低い。本人が低いと感じるのは当然である。その通りなのだから。それなのに、上げろというのは、会社の意図を理解していないばかりか、自分の背丈さえ理解できないのである。
会社は、人が財産である。だから、辞められて困ると考える社員の報酬ほど、自ずと上げようとする。
経営者は、社員の労働意欲を上げるのが仕事である。意欲が上がらなければ、業績も上がらない。業績があがれば社員に還元できるのだが、業績を上げるためにどうしたら労働意欲を上げるかが難しい。
では労働意欲とは何であるか。報酬のことか。誰もが生活する上で、報酬は絶対である。低いより高いほうが良いに決まっている。しかし、報酬だけが意欲の中心と考える組織になって良いのだろうか。
私は、そうは思わない。一生懸命に徹夜をして、自己実現のために勉強するような社員が、報われなくてはならないと思う。やったことが報われるのが、報酬である。
経営者にとっては、結果が全てであるが、社員にとってはプロセスが大切なのだ。結果を出したものは勿論、結果を出そうと努力しているものも報われる必要がある。
そういう人が報われることで、社員は頑張ろうとし、それが企業成長のエンジンになる。
経営者がどう報酬を配分するかで、企業文化も異なってくる。結果重視にすれば、そのような文化になるし、プロセス重視にすれば、そのような文化になる。
私の答えは、プロセス重視である。もし、結果を少しだけだして「給与を上げろ」という社員と、結果はほとんど出していないが徹夜までしている社員がいたとしたら、迷わず後者を選ぶ。頑張っている人は、何れ成果をあげてくれるから。
私はそう考える。だから私は、新しく入った社員には、「誰よりも早く来て誰よりも遅くまで仕事をしろ」と言う。しかし、実際にそれができるのは極わずかだ。だからこそ、希少価値のある頑張り屋は、企業の財産なのである。
経営者が、意欲と報酬をどう考えるかで、会社は変わる。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年2月 4日 03:40
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