中学1年生の私の娘の作文が新聞に掲載された。読者より新聞社にメールが届く。
『本日掲載の堀田さんの作文を拝読し、ただただ感動しました。バスの中でも涙し、切り取って手帳に貼り付け今読み返しても、ただただ涙があふれてきます。
大物の政治家が突然辞めるだ、ボクシングがどうだこうだとマスコミも騒いでますが、このような子供たちの純粋な気持ち、平和に目をむける、また日々の生活の中での小さな葛藤を読むことにより、大人たちが忘れている何かを感じさせてくれると思います。
是非、このような作文を何かの賞を受賞したからではなく、定期的に掲載してください。その中に大人にとっても役立つ、キーワード・メッセージが隠されていると思います。
是非、堀田さんにも「感動した」大人がいたよとお伝えください。あわせて、堀田さんのようなうまい文章が書けずもどかしさも感じております。』
私は、小さい頃、作文が苦手だった。そんな親から、最優秀賞を受賞する作文を書く娘が生まれたとは不思議なものだ。私は、今年の夏休み、家族を身勝手な旅に付き合わせてしまったが、子供たちに何らかの役に立てたなら、本望である。親バカであるが、その作文を掲載させて頂く。
『長い長い線路の先に』
「この部屋は、一度に数百人の人達が殺された場所です。」アウシュヴィッツ強制収容所の日本人ガイド中谷さんは、静かな口調で話し始めました。
窓もなく薄暗いその部屋は、教室ほどの広さで、壁にしみのようなものが無数についています。天井には、シャワー室と見せかけるために、水がでないシャワーが取り付けられています。その小さな部屋に数百人という人を押し込め、天井に空いた穴から毒ガスを投入すると、十五分くらいで死んでしまいました。
隣には、死体を焼くための焼却炉があり、何人もの死体を焼却炉に詰め込んで、一日に四百人近い人が焼かれました。私はここに訪れるまで、アンネ・フランクなどのユダヤ人だけが、収容所に送られたと思っていました。
しかし、中谷さんの説明を聞いて、初めてそうでないという事を知りました。
中谷さんの説明では、収容された数は、殺された人に比べごくわずかとのこと。他の人達は収容もされず、そのままガス室に送られたそうです。殺されたのは、労働ができない身体障害者や知的障害者、老人や十四歳に満たないと思われる子供達です。殺された数は、二十八の民族、百五十万人以上と言われています。
私たち家族がもしこの時代に生まれていたら、どうなるでしょう。おじいちゃんとおぱあちゃんは、直ぐにガス室に連れられるでしょう。私はまだ十二歳になったばかりなので、ガス室行きか、父とは引き離されて、別の収容棟で強制労働をさせられることでしょう。
私には自閉症の兄と八歳の妹がいます。その二人と、泣き叫ぶ母はすぐにガス室行きになります。本当にそうなった時のことを考えると、真っ暗な谷の底に一人で突き落とされたような気持ちで胸が一杯になりました。
私は、いつ殺されるかと毎日おびえながら、ただ死を待つだけの暮らしをするのです。自由など全くありません。トイレも決まった時間にしか行けません。ポーランドは日本よりずっと寒く、冬は零下二十度近くにもなります。寒さをしのぐ暖房器具もなく、真っ暗な狭い部屋に知らない人と身を寄せ合い、耐えるしかないのです。
なぜ人間は差別や偏見をするのでしょう。なぜ平等に生きることができないのでしょうか。見て見ぬ振りをする人がたくさんいるのはなぜでしょう。助けてあげようと思う人でも、実行できる人はいないのでしょうか。
私の兄は、自閉症という知的障害者です。言葉がうまく話せなく、人とコミュニケーションをとる事ができません。また、感情を伝えることもできず、時々パニックになることもあります。
収容所を見学している時、難しい説明に疲れた兄が、大きな声を上げました。その声を聞き、見知らぬ外国人のガイドが兄を注意しようとしました。とっさに中谷さんがその人にポーランド語で説明を始めました。
母が、「すみません。」と謝ると、中谷さんは「全く問題ありません。この場所は、障害者は必要ないと殺されたところです。それを二度と、起こしてはなりません。今でも人間は差別します。戦争中には言えなくても、今は、せめてこの場所にいる時ぐらいは、それでは駄目だと言えるようになりたいものです。」
私はこの言葉を聞き、涙が出そうになりました。真剣な顔で話をする中谷さんは、戦争というのが、こうした小さな差別や偏見から始まるのだということを本気で伝えようとしているように感じ胸がジーンとしました。
一人の人間として平和に貢献できれぱと思って働いている中谷さんは、「歴史は繰り返すという事実を、多くの若い人にもっともっと知ってほしい。」と言っていました。
今、私たちは、何でも自由に発言することができる時代に生きています。そして、私は、こうして作文も書け、話のできない兄と違って、何でも人に言えることもでき、人とコミュニケーションを取ることもできるのです。
だからこそ、私はいけないこ点はいけないと言える人になりたいと思います。そして、私も、中谷さんのような強い信念を持った人になりたいと強ぐ感じました。
第ニアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所には『死の門』と呼ぱれているゲートがあります。先が見えないほど広大な施設に、多くの人を乗せた貨物列車が入るために、一直線に長い線路がどこまでも延びています。当時、線路の先には、ガス室がありました。でも今は二十か国の慰霊碑が建っています。
私は、この線路の先に、明るい未来、自由と平等、平和な世界があることを願っていきたいと思います。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年11月22日 06:41
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