「来るものを拒まず」は言うのは易しいが貫くのは、相当な覚悟が必要だ。
私はこれまで、「来るものは拒まず」と言ってきた。中小企業の採用においては、経営者が求職者を選ぶ時代から、求職者に選ばれなくてはならない時代になったからでもある。「採ってやる」というような傲慢な態度で、その会社に入りたいと考える人など誰もいない。採用時の面接は、お見合いである。求職者とは、まだ入社していないのだから、部下でもなければ上司でもないのだ。だから、面接は、それぞれが相手を選ぶことができる50:50の関係なのである。
経営者は、選ぶ前に、選ばれる会社であることを訴えなければならない。経営者は、自分の想いを伝え、その考えに共鳴して人が、来たいというのであれば、採ったほうが良いという意味である。
私は、学歴や年齢、性別、国籍、そして経験の有無に限らず、徹底して「来るものは拒まず」の精神を貫くつもりだ。私が求める人材は、能力や才能、経験ではなく、考え方に共鳴できるかどうかである。
しかし、実際の現場では、各社長たちは「来るものは拒まず」を貫くことは極めて難しいらしい。来るものを拒んでしまう。それはなぜか。
「来るもの拒まず」の前提となる「この指とまれ」のポリシーが欠落しているからだと考える。
「この指とまれ」は、「来るもの拒まず」の前提である50:50の関係を表している。少し判りにくいかも知れないが、私の言う「来るものは拒まず」は、お互いに選ぶ権利がある50:50の関係の上で、選ぶのは求職者側だということである。
例えて言えば、私立と公立学校の違い。
近所の公立小学校は、選ばなくても入学できる。義務教育を履き違えて、「学校に来てあげているんだ」という変な考えを持つ子がいる。しかし、私立はそうは行かない。自分で選んで、試験を受けて入学する。「この学校に来たくて入った」のである。
自分が来たくて入ったら、学校の校則を守らないということはあり得ない。ところが、私立の一部の学生には、「こっちは授業料を払っている客だ」という奴がいる。
私が言う「来るもの拒まず」は、学校で言えば私立であり、しかも、「客だ」何て言わない人を指す。つまり、「来たい」と言えば誰でもいいと言う意味では決して無いのだ。
「来たい」理由は、私の考える「この指とまれ」に合致しなければ行けない。これは、私立で言うところの受験のようなものだ。しかし、学校の”受験”と違って、私の場合は、採用するか、落とすのかを決めるものではない。
「私はこういう人間で、うちの会社はこう言う厳しさがある」。あるいは、アメリカの私立大学のように、「入学はさせるが卒業できるかどうかはキミ次第だ」などが、私の考える”受験”なのだ。
捻くれた考え方だが、社長が落とすのではなく、社長が条件を与えて、自ら考えさせて、嫌なら辞退させるべきである。
「嫌なら来るな」が、私の本音である。この本音の上に、「この指とまれ」がある。50:50なのだから、良いことだけを言って何とか口説こうとするだけでなく、「嫌なら来るな」という厳しいことも言う必要がある。それでも来たいという人、それが「この指にとまった」人でないか。
そういう人を拒む理由はない。
「来るものを拒まず」を貫くには、相手に選ばせることである。こちらが選ぶのではなく、相手が選ぶのだ。そのためには、安易に選ばれては困るのである。それを経営者は「この指とまれ」と高々と指を挙げ、何としてもその指を掴もうとする意気込みがある人に指を掴ませるのだ。簡単に指は掴めないが、掴ませないのではなく、掴むための条件を示すのだ。
そして、少し肩の力を抜いた考えとしては、入るのは自由だが、やっていけるかどうかは別ものだというアメリカの大学卒業方式を示すべきである。どんなに面接時に話をしても、たった数時間でお互いに分かり合えるなんてことは本来不可能である。だったら、入れてみて、やれるかどうかを試すのも良いだろう。安易に思えるかも知れないが、そう簡単に人なんて判らないのも事実だから、面接時の印象が悪くても、意外にやる人も多い。またその逆に面接の時の好印象であっても、能力がない人だっている。
神様であるまえし、人を見抜くことなど不可能に近い。チャンスを与え、結婚する前に試用期間という同棲を経て、判断しても遅くない。今の時代、お見合いして直ぐに結婚するよりよほどマシではないか。
それでミスマッチであれば、お互いにそれはむしろ幸運である。いち早く気がついて、早く別の相手を探そう。こういう意味も私の「来るものは拒まず」には含まれている。
私は、この考えは、むしろ安易ではなく、余程厳しいことを言っているつもりである。「嫌なら来なくても良い」し、「来るものは拒まず」の後ろには、「去るものは追わず」がついている。ダメだったら去れば良い。こちらは、気に入った人に去られないようにするだけである。
こんな私に「この指とまれ」。こんな私が嫌なら来なくて結構。「来るものは拒まず」、能力は問わない、やる気だけだ。そんな人なら誰だって良い。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
感謝。 毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
※このブログは日本最大級の社長動画サイト賢者.TVのランキングで堂々第一位となりました。
投稿者 :堀田信弘: 2007年1月12日 17:42
来るもの拒まず 去るもの追わず
昔からこの言葉は好きでした。
しかしあるときからこの言葉の大きな意味が分かるようになった。
責任感という言葉で知らない人間を採用すること
どこまでお互いに責任を取れるかがキーポイントになるのではないでしょうか
投稿者 太田 竜也 : 2007年1月16日 14:30
http://www.hottaworld.com/mt4/mt-tb.cgi/405