キリスト教では、入会する時の儀式を洗礼という。仏教では、正式な僧侶となる儀式を得度という。神道では、家を建てる時に地鎮祭を行う。”儀式”とは、思想が行動として表現されるもので、信仰や信条、宗教などによって、人間が一定の形式、ルールに基づいて行う日常生活での行為とは異なる特別な行為を言う。宗教学ではもっと踏み込んで、儀式とは、特定の宗教を信仰する者と信仰しない者を具体的に判別する事が出来るとし、個人ではなく、集団組織で行うものであると定義されているそうだ。
日本人は、12月にクリスマスパーティを行い、その1週間後のお正月には、神社に初詣に行く。その帰りには実家によって、仏壇に線香をあげ先祖を敬う。
日本人は、ひとつひとつの”儀式”は、行っているが、それが思想が行動として表現されているのかどうかは疑問である。ましてや、個人ではなく、集団で行うものと言えば、葬式などの法要くらいで、後は個人のイベントに過ぎない。日本人にとって、儀式とは結婚記念日などと同じイベントにしか過ぎないのである。
私は、宗教学でどうだということは別にして、”儀式”とは、思想が行動として表現されるもので、組織が集団で一定の形式、ルールに基づいて行う”非日常的な行為”であると考えている。
以前から会社では、朝礼はもとより、入社式や全社員向け経営計画発表会、四半期会議などの儀式を大切にしてきた。職場では部下の前に立って語り、その他にも可能な限りできるだけ多くの社員が一同に集う儀式を演出してきた。
何年かしてくると、入社式も一定の形ができあがり、ある程度の緊張感と重量感が生まれてくる。全社員を集める会議でも、イベント(=お祭り)的な要素を入れつつ、一体感が生まれるような雰囲気も生まれ、儀式に相応しい厳かさになる。
会社の儀式を、このような意識を持って作り上げるには、ある程度の年数が必要となる。それは、思想が行動として表現できるようになるためには、ある程度の時間をかけないと一朝一夕にはできないのである。
しかし、会社も組織であり、集団である以上、そこで行われる”儀式”は、その会社の思想、言い換えれば理念を行動して表現しているものであるから、その会社の風土や特徴を表していると言って間違いない。
ある会社では、全員一致して社訓を読み上げるところもあれば、聖歌に相当する社歌を歌うところもある。ある会社では、社長が入室してくれば、起立して向かえるところもある。どれが良いとか悪いとかではなく、会社の姿を”儀式”が表しているのである。
私は、これまで様々な社長と会ってきたが、他社の儀式に関しては見たことがない。入社式などの呼ばれるはずが無いわけだから当然である。だから、会社の姿を表す儀式を見ていないから、その姿は、社長の話、社長の人柄を通じて想像するしかない。
冒頭で書いたように日本人は、個人のイベントと儀式を混同していることが多く、正しい意味での集団で行うはずの儀式というものに認識が乏しい。実際に多くの社長と会って、その会社の理念を行動して表すような儀式を行っているところは極めて少ないと感じる。
実際に入社式をどうしているのか、何か全社的なイベントをやっているかと聞いた訳ではないが、社長の人柄、話からは、全く伺えないし、想像すらできないことが多い。
逆に言えば、理念や思想がしっかり持っている会社は、それを形として目に見えるような行動をしようとするはずである。行動している会社の社長は、理念や思想を必ずと言っていいくらい話をする。こちらから求めなくても、自分の会社は他社とどう違うかを語りたくなるものである。
このような社長は、前述のとおり、極めて稀だ。
どこの会社パンフレットを見ても、ホームページを見ても経営理念や社是のようなものが掲げられているのに、なぜ、このような社長が少ないか。それは、理念が行動に繋がっていないからではないだろうか。社長自身が掲げた理念だから、社長個人の考えと会社の理念は一致している。しかし、その理念は、心底考え抜いて作られたものなのか、飾りとしてあるのか、その社長の想いの重さによっても違ってくる。さらに、社長自身は心底信じている理念であっても、末端の社員に伝えきれていないことも多い。
理念が伝わらないとボヤク社長もいる。私は、それは伝えるための行動をしていないだけではないかと断言できる。日々、理念に通じる話を繰りかえりすることも重要である。しかし、それだけでは一方通行なのである。そのためには、集団で行う儀式を創らなければならないのである。しかも、これは日常的なものではなく、その瞬間は非日常的な雰囲気になっている必要がある。
これは一朝一夕では出来ない。これを知らなければならない。
理念を共有した集団は、風土という見えない力が、社風という見える形となって力を持つ。リクルートという社風は、独立心を生み、自主性と自己責任力の強い会社になった。経営者は、これを知らなければならない。
朝礼もなく、会議もダラダラ、全社員を集めてトップの決意を伝える場面もない会社が多い。儀式という形式を行うどころか、何もやっていないところが多い。それは、理念を伝えようとする意気込みがないからだ。意気込みがないのだから、理念が伝わるはずもない。それを社長がボヤクのは、社長が能力がないことを自ら暴露しているようなものだ。
そういう私のグループも、反省しなければならないことを多々ある。まずは、形式を定めるところから早急に取り組むことを決意する。
理念と社風と儀式が一体になるよう、ゼロから全てを見直す覚悟で、グループ法典をまとめあげる。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年9月11日 20:24
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