8月15日の終戦の日をホーチミン市で向かえた。
3年ぶりのホーチミンだ。町中に走るオートバイの数は変わりないが、人力車のシクロが無くなった。2年ほど前から中心部ではシクロが禁止されたらしい。幹線道路は、自動車レーンとオートバイのレーンに分離されているところもでき、明らかに発展しているのが判る。
町中にネットカフェが溢れ、ほとんどの若者が携帯電話を持っている。
ここでの人気は、何と言ってもオートバイのホンダ。一流ブランドだ。日本人がBMWやベンツに憧れるようなものと同じ。3年前にはあまり見られなかったスクータタイプは、ここ最近で最も人気のあるものだそうだ。日本円で60万円近くする。税金等の関係で日本で購入するよりも1.5倍から2倍近くする。大卒の優秀な技術者の月給が1万5千円だから、とてつもなく高額。ちなみに、100坪ほどの土地に3階建ての一軒家で200万円ほどだから、あまりにもオートバイが高いことがわかる。
それでも、スクータは爆発的に増えており、以前のカブ型のものでは女性にはもてないらしい。
この秋にはAPECが開かれるとあって、町の中は、とても綺麗になった印象がある。
高層ビルも立ちはじめ、10年前の上海と似たような感じである。当時上海は自転車だらけであったこと、ネットカフェなどはなかったことを考えると、これから先の10年はどのような姿になるのだろうか。
ホーチミンには、日本人が約5000人ほど住んでいるとのことで、市内には、ラーメン屋、すし屋などの日本人向け食堂も充実している。宿泊したホテルには、日本人スタッフ数人が、日本人を接客していた。
そのひとりに話しを聞いてみると、現地採用、現地での給料とのこと。ベトナムに住みたくて日本からやってきたとのこと。給与は、ベトナム人の何倍もの給与をもらっているとのことだが、日本でアルバイトをしていたころの四分の1以下とのこと。
それでも、ベトナムで働き、生活することは、日本で働き、生活するよりも快適と言う。治安も良いし、物価も安い。何よりもベトナム人の人柄が良い。
ここでは、日本では活かせなかったことが、活かせることがあるようである。
日本でフリーターをやって、悶々としているより思い切って外国で働くこともひとつの選択肢のようだ。
日本で事業を失敗し、自殺を考える経営者は、一度ベトナムを訪れて見れば、もう一度何とかなるような気分にさせられるだろう。
日本は成熟した社会となったため、その枠からはみ出たりすると、居たたまれなくなる。フリーターやニートが生まれ、定年退職後の就職難民が溢れる。うつ病にかかる人が増加し、死因の第一位は自殺だ。豊かさを得た反面、精神的な病みを持ったようだ。高齢者が増え、少子化となり、総人口が減り始めた。日本人の総中流意識は、もはや過去のもので、右肩下がりになれば、淘汰されていく人たちの数も増大して行く。
それに比べ、このベトナムは何て若い人が町中に溢れているのだろう。多くの人が戦争で亡くなったこともあり、市内で老人を見かけることは少ない。町中が若者向けのお店だらけである。戦争で負けた日本も60年前はこのような状況だったのだろうか。
ここに来ると、なぜか自分に喝を入れられる気持ちになる。「よしやろう」という気持ちが沸いてくる。
町中の熱気と活気が、私の気持ちを高揚させた。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年8月21日 09:40
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