酒を飲みながらコミュニケーションを取ることを飲ミュニケーションという。
酒を飲み交わし、親交を深めることは何ら問題ではない。例えば、顧客の接待、トップ同士の情報交換といった普段の仕事を離れての 「付き合い」はビジネスの世界では必須であり、好む好まざるとに関わらず、避けて通ることはできない。
しかし、これがことさら上司と部下という関係となったら、どうだろうか、いささか問題である。
私の結論から言えば、上下関係においては、飲ミュニケーションの効用よりも弊害のほうが大きいと考えている。 このことを認識していない上司は、裸の王様になることを知らないで、セッセと飲ミュニケーションの効用を信じているようだ。
当然、酒の飲めない、または嫌いな上司であれば、まず部下を酒の席に誘うことはしないだろう。私からすれば、 そのような上司のほうが遥かに信頼が置ける。
私自信も酒を飲むほうなので、むしろ飲ミュニケーションの怖さは十分に心得ている。
では、どうして上司は、部下を飲みに連れて行くのだろうか。
上司の心理状況を考えれば簡単だ。そう、単純な話、部下と仲良くなりたいからだ。もし、仲良くなりたくなかったらそんなことはしない。 さらに、普段から上司の言うことに対し理解を示してくれている部下ならば、そのようなことをわざわざする必要もない。
つまり、三種類の部下を使い別けているのである。
自分がコントロール可能な部下は、時々酒でも飲ませてやれば尚理解が深まるだろうという判断。最も苦手な部下に対しては、 飲みに行くことさえ誘わない。問題は、その中間の、昼間は中々言うことを聞かないが、 もしかしたらこちらの言うことも判るかも知れないと思える部下。この部下が飲ミュニケーションの狙いとなる。
日頃は、注意しづらい部下でも、酒が入れば多少の本音は聞けるだろう、さらに、一対一でサシで話せば、 関係も打開できるはずだと考える。
この上司の心理は、その部下に対して自信がないからである。昼間コントロールできないから、夜に酒と言う道具を使って、 お互いを結び付けようと考えているのである。
上司が、飲ミュニケーションで一番失敗するケースは、二人の関係を作ってしまうことだ。酒が入ったとは言え、上司より部下のほうが、 上司の言った言葉は記憶に残る。何故なら、部下にとって上司は一であるのに対し、上司から見ると部下はnであるからである。
飲ミュニケーションのような個別対応をしていくと、結果として、あらぬ噂が蔓延することになる。私が言われたことと、 他の人が聞いたことに食い違いが起こり、やがて、一度も飲み誘われていない最も苦手な部下を敵にして、組織内はゴタゴタになる。 部下が上司から聞いた「ここだけの話」ほど胡散臭いものはない。
このことを知らないのは、誘っている上司だけだ。上司は、一人一人と毎晩遅くまで付き合い精魂尽くし、 上手く言い聞かせたと思い込んでいる。ところが、一夜明けると、二人だけの「ここだけの話」は一斉に広まっているものである。 そんなことも知らないのは、飲ミュニケーションに頼る上司だけだ。
このような上司は、部下を個別に対応しようとする意識がとても強い。それは、 まとめて組織に語りかける能力に自信がないことの表れである。例えば、100人の部下を前に、自分の目指すべき方向を話すことは困難である。 本来であれば、何人の部下がいようが全員にしかも一斉にダイレクトに語るのがリーダーの役目であるはずなのに、それをできない人は、 一人づつ攻略すれば結果として100人に伝わるだろうと考えてしまう。
しかし、現実には、100人に一斉に伝えても、理解を示さない人がいる方がむしろ自然であり、 全員に理解して貰うなんて到底無理なことなのだ。それなのに、自分に自信がない人は、一斉に伝えて半分に理解してもらう努力よりも、 個別に積み重ねて半分に理解してもらおうとする。
一斉に伝え半数の反論を恐れるあまり、言いくるめができる都合の良い半数を個別に対応しようとしているからだ。しかし、個別にやれば、 個人に依存した例外的なことが必ず発生する。「私はこう思うんですけど、このような場合はどうすれば良いのですか?」というように、 リーダーが伝えるべき大きな理念から外れ、例外処理の連続となる。こうなると、理念を理解してもらうというよりは、 私の場合はどうなるのかという個別対応となり、差しさわりのない回答をするようになる。
翌朝、その回答は例外ではなく、理念が曖昧でポリシーのないこととして広がる。
だから、部下と上司の個別の飲ミュニケーションは問題が大きいのである。こんなことは、 自分が部下として多くの上司と接していれば判るようなものの、上司になった瞬間、自分も上司にいい話を聞かされて有頂天になった想いから、 ついついやってしまうのだ。
100人の部下を持てば物理的にこのようなことは不可能と認識するが、 20人の組織では別にこんなことを考えなくても個別対応で何とかなると踏んでいる。 20人でも100人でも飲ミュニケーションには必ず弊害があることを知らなければならない。例え20人の組織でも、 リーダーとして全員に一斉に伝えることは重要なことなのである。
それを理解できない人がリーダーであれば、間違いなく組織はまとまらない。このコラムを読んでいる人なら誰でも理解できることが、 上司は理解されていないのだ。もし、あなたが飲ミュニケーションで「お前に将来のことは考えている」と言われたとしたら、 その他に同じ言葉を聞いている部下がいるはずだ。残念。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
感謝。 毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
※このブログは日本最大級の社長動画サイト賢者.TVのランキングで堂々第一位となりました。
投稿者 :堀田信弘: 2005年12月19日 21:04
アルコールというのはドラッグですから、お酒の席ではアルコールを媒体とした「集合意識」が必ず生れます。
その場合、媒体の力を借りて現れた無意識の力が、その場にいる人々をコントロールする事になります。
現れるのはあくまでも無意識の世界ですから、「無意識の世界」に「人間の意識」をコントロールすることは不可能なのです。
結論から言えばアルコールを媒体として繋がる人間関係に本物の人間関係はあり得ないのだと考えなければならないでしょう。
その点だけをとって見ても有能なビジネスマンほど、アルコールを進んで摂取したりしないものと私は考えています。
ビジネスにせよなんにせよ、愛する人とのひとときをすごすのに酌み交わすものなら、アルコールのような依存性の高い物質はかえって邪魔になるような気がします。
いずれにせよ文化の見直しは大切ですね。
投稿者 masumi : 2005年12月19日 22:09
http://www.hottaworld.com/mt4/mt-tb.cgi/174